川湯温泉 明治時代の硫黄採掘
2020.10.09
川湯温泉 明治時代の硫黄採掘

川湯にあるアトサヌプリ(硫黄山)は、名前のとおり硫黄鉱石の豊富な山であった。

採掘が本格的に始められたのは、明治10年(1877年)のことで、釧路の魚場持ちだった4代目佐野孫右衛門が、硫黄山の硫黄鉱区域約5万坪を開拓使から借り受け、30数人の抗夫を使って行った。

佐野は、その翌年から3年がかりで、硫黄山の山元から釧路までの道路を切り拓き、馬と船を利用した運搬を行った。

明治16年(1883年)には、硫黄の精錬器を導入し、1万3千8百トンを採掘し、全道一の採掘量をあげたこともあった。


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しかし、その後は生産が落ち込み、2年後には銀行家の山田慎に譲渡されるが、山田慎も資金不足のため、明治20年(1887年)に安田財閥の祖、安田善次郎に経営権が移った。

安田は、その年のうちにアトサヌプリ(硫黄山)から標茶間の鉄道を完成させ、標茶から釧路間の運送用川舟を蒸気船に変更し、蒸気精錬器を導入して事業の近代化を進めた。

この鉄道(通称硫黄山鉄道)は、当時道内で2番目のもので、機関車はアメリカ製、貨車はイギリス製、レールはドイツ製で、工期7カ月、総工費17万6千9百円で完成させたのだった。

鉄道が通るようになると、沿線には次第に家が建ち並び、明治25年((1892年)には、一般の旅客も乗せる釧路鉄道へと生まれ変わった。

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しかし、鉄道による硫黄の大量輸送や蒸気精錬器を使った近代的な事業は、資源の枯渇を招く結果となり、明治29年(1896年)、硫黄採掘は中止になり、鉄道輸送も廃止となった。

翌年、鉄道施設を国に20万円で売り払い、安田は硫黄採掘事業から撤退した。

この鉄道が現在の釧網本線の基礎となっている。

釧網本線川湯駅

記:財団法人自然公園財団より転載


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